少年は、それを恋とは気付かず
(日記ログ)
「戴宗さん戴宗さん!」
呼ばれて、振り返る。正確にはすぐ横を見下ろす。
そこには、一人の少女が目を輝かせてきょろきょろとひっきりなしに首を左右に振っていた。振り過ぎて、その内その細っこい首が折れて、頭が飛んでくんじゃねぇか、などとぼんやりと思った。
「んだよ」
面倒だが、返事をする。でないとこの娘はいつまでも俺を呼ぶ。若しくは頬を膨らませて何で返事してくれないんですか! と怒るか。
いずれにしても、返事をするより面倒なことになるのは変わりない。
「都って凄いんですね! 私都初めてで、ほぁー……」
最後は感想になってるんだかなってないんだか判らん。しかし、あちこちを見てはあれが綺麗だのこれが素敵だのとまあ騒がしい。ぶんぶんと振られる頭に付いてる二つのでかい団子と長い三つ編がそれを更に増長させる。
今にも溢れ落ちそうな大きな円い瞳は煌びやかに飾られた街を映して──何となくだが、綺麗だと思えた。
「そんなに珍しいかね……」
「珍しいですよ!」
村からは都は遠過ぎて一生に一度来れるかなんですから! と噛み付かれ、聞かれてたかと舌打ちすれば戴宗さんは良いですよね、とそっぽを向かれた。
「は? 何で」
「だっていつでも飛んで来れるじゃないですか!」
「お前なあ……そうそう都になんぞ来ねぇよ。俺、役人キライだし」
「それでも、来れないのと来ないのでは大きく違うと思います」
さっきまで都を映していた瞳が今度は俺を映して(それが何となく嬉しかった)、えらく真面目くさった顔でそんなことを宣う。まあ確かに、あの貧相な村から見りゃ、都はさぞや美しく映るんだろう。
ふい、とまた視線を道行く人や建ち並ぶ店に戻した翠蓮は、飽きずにそれを眺める。
あれ、何か、むかつく。
何でだ? と首を捻るが、分かるはずもなく。まあ良いやと単純に出来てある俺の脳味噌はすぐに思考を切り換えた。
翠蓮は相変わらず、ぶんぶんと首を振っている。細い首。本当に千切れて飛ぶんじゃねぇのか。……その場合、死ぬってことで良いんだよな。死んだら喰えんのか……いや人肉は不味いと聞くから止めておこう。
「ま、一生に一度、来れたんだから良かったじゃねーか」
皮肉混じりに言ってやると。
「はい! 良かったです!」
人を疑うことを知らない、無垢な笑顔が返ってきた。
一瞬、息が詰まる。
戴宗さんに着いてきて良かった! と笑う翠蓮に、こちらも思わず相好を崩しかけた。
慌てて表情を取り繕って、翠蓮の団子を見て、先程から饅頭が食いたいと思っていたことを思い出す。
「翠蓮」
「はい?」
「飯、食いに行くぞ」
「え、あ、はいっ」
「そしたら都の中心の方まで行く」
「えっ、ここが真ん中じゃないんですか!」
「何言ってんだ、ここはまだ入口だぜ」
「え、えええー」
「おら行くぞ!」
「あ、待ってください戴宗さん!」
ぱたぱたと寄ってくる翠蓮の腰を引っ付かんで、
“神行炎龍”!
はわー! と叫ぶ翠蓮。いい加減慣れたらどうだ。多分もう五回目くらいだ、使うのは。
しっかし、いつも思うんだが、こいつは小っせぇ。柔らけぇ。そして軽い。
そんなことを頭の片隅で思いながら、取り敢えずはこれから食べる饅頭のことを考えた。
*
「もー食い逃げって! 戴宗さんお金持ってないんですか!?」
「ある」
「なら払っ」
「心の中にな」
「ないんだ!」
周りが見えてないのかぎゃあぎゃあとうるさいのを黙らせるために、ここが中心だと言ってやる。途端にまた別の意味でうるさくなるから、どうしようもない。
都の入口でした反応とそっくり同じに騒ぐ。あれ綺麗これ綺麗、あれ素敵これ素敵。
言葉と一緒に動く三つ編と、円い瞳。また、上っ張りだけの都よりも綺麗だと思った。
ふとその動きを止めたかと思うと、また「ほぁー……」と良く解んねぇ感嘆が聞こえてきた。
「ここが都……」
呆けたように呟く。
「まるで夢の中みたい」
「………」
その様子が、訳もなく可愛く思えて、知らず知らず口の端を上げていた。
その後時遷から任務の内容を聞き、俺と翠蓮はクソ忌々しい王進とやらの役人の所へ向かった。
しかし向かう前、時遷に耳打ちされた言葉が妙に頭に残る。
『また随分と可愛らしい淑女(レディ)を捕まえたもんだな、戴宗殿。大事にしろよ』
(………)
ちら、と傍らの翠蓮を見遣る。俺の歩幅に着いていくのに必死でちょこちょこと歩いている。
何やら胸の辺りがおかしい気がするが、……良く解んねぇから考えるのを、止めた。
「まあ戴宗殿は気付きそうにもないな……だとしたらあの淑女(レディ)に掛かってんなあこりゃ……。やれやれ焦れったい」
ゆっくりと、少しずつ互いに染まってゆく二人。
- - - - -
20090629 初出
20100601 再録
20110322 一部修正