サマー・グッデイ
 夜明けがまだ少し遠い明け方、高杉は京の街を一人歩いていた。八月、季節は夏真っ盛りで、明け方というのに既に空気は湿って重さを持っている。とは言え、昼間の暑さにはまるで届かない。
 あちィ、と煙管を吸って一つ息を吐いて空を仰ぐ。雲一つない空である。きっと今日も暑くなるのだろう。東から西へかけて、太陽の薄い黄、新芽の緑、染め抜いた空色、落ち着いた群青、そして夜の名残の黒と、空はあでやかに美しい変化を見せていた。ふと、また子がこの前自分に似合うだろうと持ってきた反物を思い出し、あれと似ているな、と高杉はぼんやりと思う。
(確か、こうした色が出るのは極稀だとか力説してやがったな)
 きっと晋助さまに似合うっスよ! と興奮気味の彼女の声が耳元で簡単に再生できる。きらきらと顔を輝かせ、金の髪を揺らして、どうっスか、と自分に問うのだ。生憎、どうも好かなかったので素気無く断ったが、自分に構うくらいならまた子ももう少し己にかまければいいのにとは思った。女の少ない鬼兵隊の中で幹部にまでなりながら、また子はその男勝りな気質が勝つのかどうも女らしさに欠ける。一応は肌を気にしたり髪を気にしたりはしているようだが。だから、しょんぼりと肩を落とした彼女に、お前になら似合うんじゃねェの、と声をかけた――はずだ。そのあと顔を真っ赤にした彼女を見た記憶があるから。
 閑話休題。
 鬼兵隊か。またぼんやりと高杉は考える。今の時世、鬼兵隊はもう過去のものとなった。
 第二次攘夷戦争と呼ばれる、数年前の、天導衆との最後の戦。文字通り地球の命運を左右するその戦で、鬼兵隊の役目は終わった。正確に言えば、高杉が自身の望みのために結成した部隊である鬼兵隊は、高杉の望みが叶ったから、もう必要のないものとなったのである。
 しかし必要のないものとなったからと言って投げ出すわけにはいかない。鬼兵隊も結成当時とは異なり今や一大組織だ。高杉が放り出せば、何人と知れない者たちが路頭に迷う。
 ああ、面倒だな。ふとそんなことを思ってしまうのは、明け方というどちらともつかない時間のせいだろうか。それとも、自分も年を重ねたということだろうか。いずれにせよ、少し疲れを覚えていることは否めない。
 やれやれと首を振ってまた歩き出す。段段に明るくなっていく京の街は、奇跡的に戦火を免れ、うつくしいまま残っている。
 ――江戸はあんなに焼けちまったのに、前回も今回も、よくまあ京は焼けずに残ったなァ。
 ――京にはいろいろと「いる」から、よくわかってない天人どもでもまずいと思ったんじゃないかねェ。
 古い付き合いになる霊媒体質の情報屋との会話を思い出して、ふ、と笑う。「いる」の意味がさまざまなものを含むことを高杉は知っていた。盆の京には怖くて行けないとその情報屋は言っていたが、はてさて。兎にも角にもその情報屋との会話が、今高杉が一人で明け方の京を歩いている理由の一つにはなっている。
 橋に差し掛かったところで、高杉は立ち止まった。欄干にもたれかかって昇りゆく朝日を見ていると強烈な光に目を焼かれそうだった。
 特に感慨もなく、ただただ朝日を眺めていると。
「む、高杉か。こんな時間に何をしているのだ」
「その言葉そっくりそのまま返してやるよ。つーかなんでてめーがここにいんだヅラァ」
「ヅラじゃない桂だ」
 お決まりの台詞を吐いて高杉の隣に立ったのは、江戸にいるはずの桂だった。今や新政府の要となるこの男に、京へ来る余裕などないはずであるのに。
「もう聞き飽きたぜその台詞はよォ。で、なんだっててめーが京にいやがる。新政府の樹立はどうした」
「働きすぎだと放り出されてしまってな。江戸を散策するにも飽きてしまったからこうして京へ来たのさ」
「そうかよ」
 大方予想通りの返答に興を殺がれて鼻を鳴らす高杉を意にも介さず桂はつらつらと言葉を並べる。
「京は相変わらず暑いな。江戸も暑いが、こちらとはやはり違う。寝苦しくて敵わん」
「あっそ」
「結局、こんな時間に起きてしまった。することもないからこうして散歩をしていたのだが」
「ジジイかよてめーは」
「ジジイじゃない桂だ。まあ、その散歩の途中でお前の顔を見れたからよしとするさ」
「こっちは全然よかねェけどな」
「またそうやって減らず口を……」
「そういや、てめーがいつも連れてるペンギンオバケはどうした」
 大きな溜息が聞こえ、くどくどと長くなりそうな小言の気配を感じて、高杉は素早く話題を切り替えにいった。こんな朝から小言を聞く趣味はない。
「ペンギンオバケじゃないエリザベスだ! ……エリザベスもほんとうは連れてきたかったが、俺の留守を任せられるのはエリザベスくらいしかいなくてな。仕方なく一人で来たのだ」
 案の定、桂はあっさりと釣れてくれた。ちょろいもんだと心の中で笑う。幼馴染の成せる功である。
(というか、あの化け物にしか留守を任せられねェってどういうこったよ)
 桂の陣営はそこまで人員不足なのか、単に桂があの化け物を溺愛しているせいなのか、高杉には判断できなかった。そして思っても口には出さない高杉である。黙ったまま桂に喋らせておくのが一番楽なのだ。時折適当に相槌を打ってやればそれでいい。
 それにしても、不思議なものである。数年前、確かに袂を分かった幼馴染を横目に考える。あの時自分に切っ先を向けて叩き斬ると宣言した二人を忘れたわけではない。それがどんな因果か再び肩を並べて戦場に立ち、戦が終わった今もこうして駄弁る仲に戻ったのか。世の中どう転ぶかわかったもんじゃねェなァ、と心中独り言ちた。
 もちろん、わだかまりが全て解消されたわけではない。会えば話すこともあるが、基本的にお互いには干渉しない生活が当たり前だ。決して、以前の――ここで言うなら第一次攘夷戦争の時のような関係ではないのだ。況してや幼い頃のような関係など。今も、桂は新政府の中心となって動いているが、高杉は新政府など知ったことでないとさっさと京に引っ込んでしまったし、銀時も新政府に再三の誘いを受けながらそれらを全て断ってあの狭い部屋で万事屋という眉唾ものの商売を続けていると伝え聞いた。結局、三人とも一度だって同じ道を歩んではいないし、歩もうともしていない。
 幼馴染、盟友、同胞、親友。自分たちを表す言葉はどれも合っていて、それでいてどれも少しずつ違う。無理に当て嵌める必要もねェけどな、と煙管を燻らせながら高杉は思う。名前をつけてしまったら、それはそれで名前に縛られてしまいそうで恐ろしいという感情もあった。
「……ということだ。聞いているのか、高杉」
「あァ、聞いてる聞いてる」
 まだ続いていたらしい桂の話に適当に相槌を打って、そろそろ帰ろうかと思案していた、その矢先。
「あれェ、晋ちゃんじゃないの。ひっさしぶりィ」
 二度目のここにいるはずのない声に、げっそりとして振り返る。願わくは幻聴であってほしいと思っていたのだが。
「……銀時ィ、なんっだっててめーもここにいんだよ……」
「あれ、聞いてない? ヅラが溜まった有給で京に行くっていうからさァ、どーせ金余ってんだろうし、俺たちも連れてってもらおうと思ってよ」
「という話をさっきしたはずなんだが。高杉貴様やはり聞いてなかったな」
 ち、と舌打ちを一つ。聞き流したことが仇となってしまったと、忌忌しげに顔を逸らした。
「クソが……」
「聞いてなかったお前が悪いのだろうが。ところで銀時、一人なのか?」
「あー、うん。さすがにあいつら連れて飲み歩くのは無理」
「そうか? リーダーはともかく、新八くんはもう飲める歳ではなかったか」
「それでもよォ、何つーの? 新八と飲むのはなんかちょっとアレなんだよね」
 顔を逸らせど会話は耳に届く。その会話に引っ掛かりを覚えて、高杉は顔を戻して銀時に問うた。
「てめー、あのガキ共と一緒に来たのかよ」
「置いてけねェだろうが」
 打てば響くような返しであった。思わず高杉が言葉に詰まるほどの。
「てか、ヅラが有給取って京に行くらしいから俺着いてくけどっつったら当たり前のように準備してたしな」
「……そうかよ」
 言い訳がましく言葉を続けても、先程の一言が銀時の本音だということは一目瞭然である。あの素直だった子供たちが誰に似て図太くなってしまったのか、と嘆く桂の声を背景に、高杉はひっそりと思った。ああ、こいつも変わった、と。
 第二次攘夷戦争を経て、銀時はこうして自分の感情を率直な言葉で表すことがはっきりと増えた。それは戦のせいなのかと問われればそうだとも答えられるし、違うとも答えられる。精確に示すならば、戦に出たあとの、万事屋の子供たちとの関係が最も銀時に影響を与えたのだと言えよう。
 万事屋の従業員として銀時の元についている新八と神楽のことを、高杉はよく知らない。新八は地味で礼儀正しいツッコミ眼鏡、神楽はあの神威の妹である夜兎のチャイナ娘。その程度の認識だ。直に会うことも話すこともそれほど多くなかったし、第一に、紅桜の騒動の時に二人にはかなりの悪印象を与えてしまっていたために警戒心剥き出しで毎度接されて、こちらも仕方なく遠ざかるしかなかった(桂には自業自得だと憐みの目を向けられた)。だからいつも、銀時と二人と巨大な犬一匹がじゃれているさまを遠くから見ていたのである。
 遠くから見た彼らは、雇い主とその従業員という関係にはまるで見えなかった。しかし友人ではない。父とその子供たちでもない。兄と弟と妹というのでも違う。言うなれば――彼らは家族だった。誰にも立ち入れない絆をもって確固たる輪を作っていた。その中での父、母、子、その長幼などの役割は決まっていなくとも、家族と形容するのが最も適当だった。
 家族。高杉の知る限り銀時には最も遠いと言える関係の名前を万事屋へつけることに違和感はなかった。なかったから、余計に戸惑った。自分の中でその結論に行き着いた時、あまりの動揺に煙管を取り落したほどである。そしてもう一つ、万事屋の面面といる銀時が、どんなに面倒くさそうな表情を繕っていても誤魔化せないほどに安堵の笑みを零していたこと。初めてそれを目にした時の、あの奇妙な感覚を高杉は忘れない。
(まるであのひとを見てるようだった、なんざ口が裂けても言えねェ)
 遠い昔日の、届かぬ笑みである。二度と目にできないと思っていたというのに。
 ちらりと銀時を窺い見る。相変わらず気怠そうに桂と言葉を交わしているが、その表情はやはりどことなく楽しそうだ。話の内容があの子供たちだからだということは簡単に察せられた。
(変わった)
 それが自分や桂、坂本などによってではなく、あの子供たちのちからによることをどう捉えるべきか、高杉は未だ考えあぐねていた。喪失を経て銀時の周りに再びできた輪。年の差があるせいなのか、それとも生来の気質なのか、新八と神楽は見事に銀時を変えてしまった。それも、いい方向に。
(――家族、か)
 銀時がずっと家族を欲しがっていたのは知っていた。きっと桂も知っているだろう。銀時自身は一度も口にしたことはないが、それは暗黙の了解だった。
 松陽に拾われた銀時と出会って、価値観から世界観から全て引っ繰り返された。親を持たず、鬼と蔑まれて生きてきた、自分とそう変わらぬ歳の子供。話が合わないのは当たり前のことで、打ち解けてからもお世辞にも気が合うとは言えない仲だった。だからなおさら、銀時は高杉に本音を言うことはほとんどなかったのである。
 その銀時が、たった一度、ぽつりと零したのをよく覚えている。祭の帰り道だった。松陽と桂も交えて四人で参道を歩いていた時、少し先を歩いていた親子連れをじっと見て、銀時は言ったのだ。
 ――あれが、「かぞく」か。
 銀時の呟きはあまりに小さく、隣にいた高杉にしか聞こえていなかった。独り言だったのだろう。そのままふい、と顔を背けて松陽の手を握った銀時は、それから一言も発さずに家路を辿った。一方高杉は、聞いてしまった独り言があまりに衝撃的で、帰宅してからもなかなか寝付けなかった。独り言の内容もそうだったが、それ以上に、かぞくか、と呟いた時の彼の声音に表れた感情が高杉を苦しくさせた。淡淡とした声に詰まっていたのは感嘆ともさみしさとも羨望とも嫉妬とも言えないもので、だからこそ、それが彼の何より望むものだと解ってしまったのである。
 そうして何年経ったか。ようやく手に入れた「家族」は銀時にとって心地好いものであるらしい。じゃれる三人と一匹を見てそれを感じ取り、ならばいい、と心の片隅で認めて、高杉は一つ肩の荷を下ろしたのだった。
 しかし認めたとしても、それをどう捉えるかとは違う話である。だから未だに、万事屋といる時や子供たちの話をしている時の銀時とどう接すればいいのかわからない。敵対する関係であれば気にする必要もないし、いっそのことそれを逆手にとっていろいろと画策するところだ。だが今となっては敵でも味方でもない、何とも言えない関係である。はあ、と紫煙を吐き出して高杉は首を緩く振った。
「おい、銀時ィ」
「んあ? なあに、晋ちゃん」
「晋ちゃん止めろ気色悪い。……お前んとこの、ガキ共はどうしてんだ」
「は?」
 銀時は一瞬面食らった顔をし、たぶんまだ宿で寝てると思うけど、と質問の意図を図りかねたように返した。
「そうか」
 実際に訊きたかったこととは違う回答だったのだが、曖昧な問い方をした自覚はあるので敢えて訂正せずに流すことを高杉は選んだ。意図を精確に汲み取ったらしい桂の生温い視線は無視である。こんな時にだけ鋭い幼馴染が憎らしい。
「え? ちょっとなに? お前があいつら気にかけるとか、何かあったの?」
「別に何もねェよ。ただ、せっかくの京で一人酒たァ悲しい野郎だと思っただけさ」
 ニヤリと笑って皮肉を言う。女を買うという選択肢もあったが、万年金欠のこの男のことだ、一人で飲み歩いていただろうことは想像に難くない。そして苦虫を噛み潰したような表情に自分の指摘が寸分の狂いもなく当たったことがわかってますます愉快になった。
「うっせーよ! たまたま昨日は一人で飲む気分だったんですぅ! べ、別にモテないとかじゃないんだからね! 銀さん寧ろモッテモテなんだからね!」
「はっ、どこまでほんとうなんだか」
「うるせェェェエエ! 俺あれだかんね! 吉原じゃ救世主とか呼ばれてっかんね! 行ったらいろいろサービスしてくれっかんね!」
「あーはいはい」
「聞けよチビ杉!」
「オイ今何つった天パァ!」
「うるさいぞ貴様ら! 時間を考えろ!」
 お互いに禁句を繰り出しての言い合いは、本格的に火花を散らす前に桂の一喝で何とか収まった(しかし一番響き渡ったのは桂の声であることをここに記す。新八がこの場にいればツッコミの一つでも入っただろうが、生憎そこまでツッコミに秀でた者はいなかった)。時間、と言われはっとすれば、既に陽は昇り切っており、まだ少しだけ透明な青空が広がっていた。道にはちらほらと人影が見え始め、電車も動き出したようだ。時計を持ち合わせていないため正確な時間はわからないが、恐らく五時は回っている。思った以上に長居をしていたらしい。高杉は小さく舌打ちした。
「帰る。てめーらアホと付き合って時間を無駄にした」
 我に返ると一気に羞恥心が蘇り、ぶっきらぼうに言って高杉は踵を返した。後ろで銀時がこっちの台詞だってーのと毒づいていたが努めて気にしないようにする。ここで乗ってしまえば先程の二の舞だ。さっさと帰るに限ると足を進めた直後、銀時が少し焦ったように高杉を引き留めた。
「あ、高杉、ちょい待ち」
「……んだよ」
 うんざりだ、と隠しもせず声に出す高杉に構わず懐を探りながらずかずかと近付いてきた銀時は、目当てのものを見つけたのか、あった、と小さく言うと、取り出したものを高杉にぐいっと押し付けた。
「やるよ、それ」
「はァ……?」
 一体何を渡されたのか、と見てみると。
「ヤクルト?」
「そ」
 スーパーに売っている五個パック幾らの、一つ。それに水色の紐が蝶蝶結びで結わえられていた。
 手の中のヤクルトと銀時を見比べて、高杉は反応に困って固まった。関連が見当たらない。唐突なヤクルトの登場に、ただ困惑するしかない。
 数分たっぷり押し黙って、ようやく返した言葉は
「何だってヤクルトなんぞ俺に」
 という、至極もっともなものだった。
 しかし銀時は違ったようだ。あれ? と首を傾げ、ぽりぽりと頬を掻きながら、こう言ったのである。
「何って、お前ヤクルト好きだったじゃん」
「何年前の話してんだよてめーは!」
 思わず声が大きくなったが、自分は悪くないと高杉は主張したい。時間にして十五年は昔のことである。それを今も同じだとこのアホは本気で思っているのか。思っているのだとしたら本物だ。本物のアホだ。こめかみが引き攣るのがわかった。
 一方の銀時は、ほんとうに悪気も茶化す気も、況してふざける気もないらしく、え? え? と桂を振り返っていた。桂はというと、二人から少し離れた位置で傍観を極め込み、こちらを面白そうに眺めているだけだ。何だかんだいい性格をしている男である。
「え、でもお前、あの同窓会の時」
「はァ? 同窓会? いつの話で何の話だそれァ。それよりも銀時ィ、てめーの頭ァどうなってやがんだよ、あァ?」
 ヤクルトを握り潰さん勢いで指に力を込めて、頬を引き攣らせて高杉は銀時を詰る。今の高杉の形相を神楽が見れば、世界ブッ壊すとか言ってた頃を思い出すアル、などとコメントしただろう。そんな、久久に見る高杉の歪んだ笑みに銀時は両手を挙げて降参するしかなかった。
「わかった、わかったごめん、マジごめんって……だからその笑顔止めてくださいお願いします」
 口の端がひくついている銀時をじと目で睨んで、高杉は小さな舌打ちと溜息で許すことにした。これ以上言ったところでどうなるわけでもないし、子供染みた癇癪の起こし方になってしまう。いい年してそんな情けないことにはなりたくなかった。
「今回はなかったことしてやるよ。だがヤクルトは要らねェ。返す」
「え、いやいやいや、俺も要らねーし! てかお前にやったんだから素直に貰っとけよ!」
「だァからもうヤクルト好きなわけじゃねェってんだろうが。銀時てめー甘いモン好きだろ、てめーで飲めよ」
「それくらいならいちご牛乳飲むわ。いいから貰っとけって」
「まあまあ、いい加減にせんか」
 ぎゃあぎゃあとヤクルトの押し付け合いをしていると、それまで静観していた桂がようやく割って入った。邪魔だうるせェ、と綺麗に重なる銀時と高杉の声を見事に聞き流し、時間を考えろ、と先程と同じように諌める。途端、またばつが悪そうに押し黙った二人に、抑えきれない笑いをくつくつと零しながら寄ってきた。
「まったく、何度言っても変わらんな、貴様らは」
「うっせェ、母ちゃんかおめーはよ」
「母ちゃんじゃない桂だ。……時に高杉」
「あ?」
 銀時の悪態をさらりと流して不意に話を振ってきた桂は、高杉の胡乱な目にも動じず、夜は空いているか、と訊いてきた。
「夜? 特になんの用事もねェが。まさか酒の誘いじゃねェだろうな」
「そのまさかだ。空いているなら俺たちの宿に来い」
「はァ?」
 不審さと不愉快さを混ぜ合わせた高杉の抗議の声をものともせず、桂は懐から取り出した帳面にさらさらと何かを書きつけたのち、切り取って高杉に差し出した。どう考えても宿の住所である。しかし気味が悪い。何があっていきなりこんな誘いをかけてきたのかが解らない。
「どうした、受け取らんか」
「意味が解んねェよ、気色悪ィ」
「安心しろ、爆弾じゃない」
「そういう問題じゃねェよ……」
「だーっもう!」
 そうやって受け取ろうとしない高杉に業を煮やしたのか、銀時が桂の手から紙を奪い取って高杉の着物の袷に突っ込んだ。
「何しやがる銀時ィ!」
「うっせェ! うじうじうじうじ、キモイのはオメーなんだよ! いいからそこの宿に、夕方六時! 来いっつってんの! 何も取って食おうとかぶっ殺そうとかしねーから!」
 いいな! 絶対来いよ!
 そう言い捨てるように叫んで、銀時はずんずんと橋を渡っていった。銀時の勢いに圧倒されて呆然となっていた高杉だったが、くすくすと笑う桂にはっとする。
「……オイ、何がおかしいんだよヅラァ」
「ヅラじゃない桂だ。いや、いつになっても素直じゃない奴だと思っただけだ」
「銀時が素直だったら気持ち悪くてやってらんねェよ」
「そうだな。お前と銀時が素直にお喋りでもしていた暁には、俺は医者に駆け込むだろうな」
 クク、と笑みを零すと、桂はぽんと高杉の肩を叩いた。
「それじゃ、そこの住所に、夕方六時に来い。待っているぞ」
 そうやって、銀時が行った方角へ歩き出した。その背中に、考えといてやらァ、と投げかけて高杉も自らの帰路に就こうと踵を返した。
「ああそうだ、高杉」
「あァ?」
 まだ何かあるのか、と肩越しに振り返れば。
「坂本も来るからな」
「はっ?」
 予想だにしていなかった名前を出され、混乱している高杉を置いて、桂は確かに伝えたぞ、と飄飄として行ってしまった。文句を言おうと口を開いた時には既に影も形もない。どうしようもない苛立ちを口の中でぶつぶつと噛みながら、高杉は今度こそ歩き出した。
「……行く気がしねェ……」
 げんなりとした呟きには、近くにいた犬だけがワンと一吼え返した。
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20130916 up

(20210123追記)もう八年も前のものっていうのが一番ホラーですが絶対これは完成させたいと思ってます。ぼちぼち修正したら都度あげます。ファイナルありがとう。