薄紅の舞う如く生きて往く
(日記ログ)
にんげんは、みんなしんでしまえばいい。
おにのおれをころしにくるにんげん、なんか。
そう思っていた。
しかし、それはどうやら違ったようだった。
「付いてくるといい」
突然目の前に現れてそう言い放った男は、あろうことか己の得物をこちらに投げて寄越し、更には無防備に背を晒して俺の前を歩いていった。
全幅の信頼を寄せられ──ているわけではないのだろうと、思う。現に、僅かながら殺気が滲んでいた。しかしどうやら俺に向けられたものではなく、そう、きっと周りに転がっている屍に、なのだ。俺が殺した、もしくは俺に殺される前から死んでいた、肉塊に向けての、殺気。死んでいるとは判らないのか。滑稽だった。
今俺が刀を突き出して真っ直ぐに走れば、こいつは死ぬ。
ぼんやりと遠ざかる背中を見ながら思った。そうすれば、食いかけのこの冷えた握り飯もまた食える。解っているのに、体が動かなかった。
数歩進んで、男は振り返る。死体が死体であることには気付かないのに、俺が付いてこないことには気付いたらしい。じっと待っている。
……待って、いる?
にんげんとしてありえない髪の色と目の色をした俺を?
鬼と呼ばれている俺を?
鬼の、俺、を?
男はただ、立っている。ただ、待っている。
得物も何もなく、俺が殺さないという確証もないのに。
「………」
屍から剥ぎ取った、今俺の手に収まっている刀と、先程投げ渡された男の刀を見比べた。変わらない同じ刀のはずなのに、男の刀の方がずしりと重い。
棄ててしまいたい、こんな重いものは。
なのに、体が動かない。
視界がなぜか悪い。
「………」
ほたり、と何かが流れ落ちた。
そして、俺は片方の刀を放り出して、
*
『銀さんアンタまたパチンコ行ってきたでしょ?!』
『いやいや新八くん解ってないね君は。俺は悪くないよ? ただ勝手に体がパチンコの入り口に吸い寄せられてさあ、いやあ、七の付く日はダメだねホント』
『ダメなのはアンタの頭だァァァ! どうすんですか! また食費がかっつかつなんですけど! つーかかっつかつどころかもう限りなく零なんですけどォォォォ!』
そんなやり取りの後、仕事持ってこい! と新八に追い出されて外へ出た。
「ったく、おめーは俺の母ちゃんかっつーの」
ぶつくさ言いながら、ぶらりぶらりと歩く。仕事を探す気なんか勿論ない。
にしても相変わらず小汚ねェ街だ。だが、空を見上げると晴天だった。その蒼に黒い線を引く電線や聳え立つ灰色の建物が邪魔に思えるほどの、良い天気。
烏が一羽、電線に留まった。カァ、と間抜けた声で啼く。烏の声を間近に、身近に聞いていた頃を思い出した。その思い出とも呼べない無機質な記憶は、そのままあの人との出会いの記憶に繋がるのだ。
「………」
ふと腰に手をやった。あの時投げ渡され、受け取った刀はもうない。しかし、あの時投げ渡され、受け取ったものは刀ではなかったと、思う。だから手元からなくなった時も哀しくはなかった。寧ろこれでいいのだとさえ思った。刀はただの象徴に過ぎなかったのだから。
烏の声はもう遠く。
両の腕に抱えるものは護身のための錆刀ではなく。
心に思うことは怨嗟の念ではなく。
そうして追うのは、あの背中。
「……仕事、探しますか、っと」
空から地へと目を戻し、頭を掻いてから、俺はゆっくりと歩き出す。
暖かい。春だ。
桜の花弁がどこからかやってきて、くるりと踊った。
舞い上がれ、燃えさかれ、生きるために。
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20100423 初出
20100601 一部修正/再録
20110322 一部修正