やわらかな刃
とん、と体に衝撃が走る。次いでふわりと温かいものに包まれる。顎を上げて見れば、思った通りの人がいつものように笑顔を浮かべていた。風邪をひきますよと後ろから俺を抱き締めたまま、呟くように言うその人は濡れている。いや、濡れていく。かくいう俺も濡れているのだが。
さあさあと降る雨は一粒一粒がとても大きくて、一体どれだけの時間あの雲の中にいたのだろうとぼんやりと思った。
むっとする雨の匂い。もうすぐ夏ですね。濡れて尚跳ねる俺の髪で遊びながら先生はまた笑った。
大きくて柔らかい人だと思う。それは彼自身の雰囲気からか、それとも彼を動かす信念ゆえかはわからない。どの道、彼を形容する言葉はいつまでも見付けられないだろうし世界のどこを見渡しても彼を説明出来る人間はいないだろう。そういった推測すら億劫なほどに、またそういった推測すら包み込んでしまうほどに、吉田松陽という人は大きく、強靭で柔らかい人だった。
「銀時」
「……なに?」
さあ本当に風邪をひいてしまうと家に入り着替えて手拭いで水分を拭き取った後、先生の膝の上でうつらうつら舟を漕いでいるとまた腕が俺を包んだ。人肌はあったかくて好きだ。この人なら、尚更。
「今、幸せですか」
何気なく訊いたつもりなのだろうが、声の端が震えている。そしてその言葉の重さとその気持ちの重さに俺は気付いていた。
くるっと体を回して正面から抱き着く。少し驚いたように一瞬強張った彼の人は、しかしすぐにぎゅうと抱き締め返してくれた。あったかい。あったかさが沁みていく。
ねえ先生、あんたは知ってるかな。あの頃の俺は、あんたの心に斬られちまったんだよ。だから今、こんなにも、人間でいられる。
心中で呟くことは伝わらない。だけど口から出すことも出来なくて、ただ、溢れる想いがあって。
「……うん」
だから、幸せですか、というその問には、この雫が答えてくれることを祈った。
斬られて世界は鮮やかに反転
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Title by Amr.
20100609 up