泪の海にて回游
(モブ視点)
なんて激しい瞳だろう。
初めてその視線の真正面に立った時、思った。
全てを憎んでいるような、全てを嘲笑っているような、全てを蔑んでいるような、全てを怒っているような、全てを、破砕し破壊してしまうような、劫劫と燃え滾る感情がそこに在った。
そして、それを人に悟らせまいと無理矢理押し込め、その上で尚最大級の皮肉を込めて嗤い続けている。何を、かは解らないが、恐らくは、世界を嗤っている。
俺から見た高杉晋助とは、そんな奴だった。
そんな奴だったから、人は奴のどこかしらに狂気を感じてあまり近付くことはなかった。逆にその狂気に惹かれて集まる輩も多かったが。押し込めたものは、恐らく奴が思っている以上に大きかったのだ。
しかし、時折ふとその嗤いの中に幼い顔を見る。そいつは純真に笑っている。俺の気のせいかもしれないが、奴の本当の笑顔はそれなのだと思う。
俺はこの攘夷戦争に参加して高杉に逢った。だから奴の幼い頃のことなど知らない。奴がどんな経緯を経てあんな風に狂気に満ちた嗤い方をするようになったかなど知らない。
それで、以前幼馴染み(高杉は腐れ縁だと譲らなかったが)という桂に訊いてみた。奴は昔からああいう風に嗤ったのかと。
その時、桂は遠くを見た。視線こそ手元の抜き身に注がれていたけれど、桂が見ているのはそれではなかった。それよりももっと遠く、もうどうやっても届かない何かを見ていた。
「……高杉は、あやつは、もっと綺麗に笑っていたよ」
しばらくの沈黙の後、ぽつりと答が返ってきた。だから、そうか、とだけ言って俺は座敷を出た。出る直前に一瞥すると、桂はまだぼうっと刀を眺めていた。
次に奴のもう一人の幼馴染みの白夜叉に訊いてみた。桂に訊いた言葉のままに。
白夜叉は黙って空を見上げていた。明け方の、薄く透明な群青の空だった。
「高杉ねェ……あいつァ、優しく笑う奴だったよ」
くそムカつく奴なのは変わんねえけど、それでも穏やかな目で笑う奴だったよ。
空を見上げたままそう言って、白夜叉は寂しそうに笑った。その目も、ここではない遠くを見ていた。桂と同じ、寂寞とした感情を湛えた目だった。
また、そうかとだけ言って、俺は縁側を歩いていった。白夜叉は空から目を落とさなかった。
そして俺は今、高杉の部屋に居る。特に用はない。ここ最近用もなく入り浸っている。初めはいちいちそんな俺を追い出していた高杉だったが、その内諦めたのか何も言わなくなった。ただ無視を決め込むばかりだ。今は俺の存在を黙殺して刀の手入れに勤しんでいる。それをぼうっと俺は見ていた。手元ではなく、一心に刀に視線を注ぐ、少し伏せられた瞳を。
くすんだ翡翠色の瞳は刀を真剣に見詰めている。疚しい心などなく、純粋に、素直に、綺麗な色だと思う。こいつの旧友二人は穏やかな目で笑ったと言っていた。だが、今そこにはとぐろを巻く激情が走り、陰が黒黒と燃えていた。
と、奴が顔を上げた。あ、目が合った。やはり綺麗だ。ガキの頃に浜辺で見付けた硝子の破片にも似た、そんな色だ。
「オイ、んなに見んじゃねェよ」
気が散るだろうが、と決まり悪げに(そして気持ち悪そうに)言う。真っ直ぐに見返してくるその眼には、いつものように強く暗い光が灯っていた。
何も言わずにいると、呆れたのか高杉は舌打ちを一つして再び刀に目を落とした。
「……なあ高杉よ」
「あァ?」
ぱちり。また、目が合う。不審そうに俺を見る顔の向こうに、その翡翠を歪ませて泣く少年が見えた。
「俺ァよ、お前の瞳が綺麗だと思うぜ」
一瞬ぽかんとして、次に何だそらァよといつものように奴は嗤った。
それに重なる面影は、どこに。
ここではさみしさばかりが巡るので、
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20100423 up
20120817 remake
昔名前変換小説として上げたものですがあまりにそういう要素がなさすぎたのでリメイクしてこちらに。ちなみに語り部くんはヅラや高杉と同じくらいの地位にいます。そして疚しい気持ちなんて持ってないです。ホントです。