親バカ二人
(日記ログ)
それは、残暑がまだ厳しいとある日の午後。
「なあ桔梗」
「なあに、愛穂」
突然声を掛けられた白衣の女はしかし特に驚くこともなく返答してキーボードを打ち続けていく。話し掛けた緑色のジャージの女はどこか物憂げな表情で──それは彼女の体型と相まってとても淫靡なのだが、如何せん緑色のジャージが全てを台無しにしている──言葉を繋げた。
「一方通行と打ち止め、いるじゃん」
「ええ、そうね。それがどうかした?」
「いや……あの子達、その内恋人同士になったりしないのかなーって思って」
「は?」
随分と歯切れ悪く言われたことに、白衣の女は目を点にして思わずパソコンの画面からソファでぼけっとしている自分の友人に視線を移した。その視線にもぞもぞと体を動かし、ジャージの女も白衣の女に向き直り視線を合わせる。
「いきなり何を言うのかしら、あなたは」
「い、良いじゃん、別に。有り得なくもない話じゃん」
「………」
ふむ、と白衣の女は考えた。
一方通行と打ち止め。
この二人は現在ジャージの女の家──つまりこの家で居候中の子供達である。確かにお互いがお互いを大事に思っているようではあるし、一方通行に至っては生涯をかけて打ち止めという少女を守ろうと決意を固めている。だがしかし、
「恋人というのはどうかしらね」
「そう?」
「だってあの子達、いくつ離れてると思ってるの?」
「さあ……正確な年は知らないけど、大体五つくらいじゃん? というか恋愛に年の差は関係ないじゃん」
「それ、一方通行がロリコン呼ばわりされても言える?」
「うーん……まあでも、くっつくとしてもまだまだ時間掛かりそうじゃん。その頃にはどっちも良い大人になってると思うけど」
「……それもそうね。でもそれまでに一方通行に彼女出来たらどうするの? あの子、結構良い男よ」
「それはないじゃん。だって打ち止めはきっと凄いイイ女になるじゃん。他を見てる暇なんてないって」
「そうかしら?」
「あの子の御姉様のことを考えてみるじゃん」
「……そう、ね。きっと御姉様よりも可愛くなるわ」
「可愛くても美人でも、取り敢えず道を歩けば男が寄ってくるような子になると私は思うじゃん。な? 一方通行がぼけぼけしてると打ち止めは悪い男に引っ掛かってとんでもないことになるじゃん。で、一方通行がキレて相手は半殺しじゃん。いや、あいつならホントに殺しちゃうかも」
「……じゃああの二人の行く末は結婚かしら」
「だったら嬉しいじゃん!」
「……ねえ愛穂」
「何じゃん、桔梗」
にこにこと子供達の将来を考えていたジャージの女は、先程とは逆に自分が話し掛けられ軽く返事をした。が、次の白衣の女の言葉にびしりと固まることになる。
「その場合、誰が保証人になるのかしら?」
「……は?」
「だから、誰が親代わりの役をやるのかしら?」
「……私?」
首を傾げて言うジャージの女に白衣の女の目が光った。
「……そうかしら。少なくとも研究に携わってた私にその権利があると思うけれど」
「どうかな、今一方通行と打ち止めを養ってるのは私じゃん。だからその役は私じゃん?」
白衣の女のその一言に何かスイッチが入ってしまったらしい。ジャージの女も負けじと言い返し、更に言い返し、と言葉の応酬は段々に苛烈になっていく。
「がさつなあなたに出来るのかしら、そんな繊細なこと。結婚式に出たとしても雰囲気をぶち壊しにしそうなのに!」
「そういうあんたも披露宴とかで祝辞に何て書くじゃん! 血みどろな実験の内容でも書く気?!」
「あら、私の学生時代の論文の点数がいくつだか知ってるの? 祝辞くらいいくらでも書けるわよ!」
「祝辞と論文は違うっつーの! お堅い論文で場を醒ますのはあんたの方だと私は思うけど!」
「バカみたいに場を盛り上げれば良いってわけじゃないわ! 一発芸で招待客醒めさせるのはそれこそあなたの十八番じゃない?!」
「私の一発芸なめんなじゃん! 今まで一発も外したことないじゃん!」
「どうかしら、単に招待されたことないだけじゃないの?!」
良い大人の言い合いは時間が経つ内に子供染みてきて、聞いているこちらが恥ずかしいくらいだ。
それは二人の女がいる居間から扉一枚隔てた廊下で入るに入れず困っている一方通行と打ち止めも例外ではなく。
「……ヨミカワとヨシカワは一体何を言い争ってるの? ってミサカはミサカはあなたの服を引いて訊いてみたり」
「はァ……。あン? 下らねェことだ。気にすンな」
「ふーん、ってあれ? またどこに行くの? ってミサカはミサカはあなたについてってみる」
「外だ。こンなバカバカしい応酬聞いてられっかヨ」
「ねえねえ、なら公園行こうよってミサカはミサカは提案してみる! 行く途中でシャボン玉買ってって公園でやってみたい! ってミサカはミサカははしゃいでみたり!」
「あーあー、何でも買ってやるからさっさと靴履け」
「はーい、ってミサカはミサカは元気よく返事してサンダルを突っ掛ける!」
そして二人の子供が出ていった後には、未だに子供染みた争いを続ける二人の大人がいたとか。
「だーから何でそうなるじゃん!」
「あなたこそどうしてそうなるのかしらね!」
「……まだやってたんだ、もう半日ああしてるよ、もう夜の六時過ぎたよってミサカはミサカは呆れてみる」
「……クソガキィ、今日の夕飯は外食だ。行くぞ」
「ホント!? やったーミサカオムライスが食べたいな、でもカレーとかハンバーグもいいかもってミサカはミサカはファミレスに行くことを暗に提案してみたり!」
「分かった分かった、取り敢えず黙れうるせェ」
結局言い合いは夜中まで続き、翌日、大人達は声が出なかったらしい。
あの大人共は一体なァにを大声で話してンだよ……恥や外聞てモンはねェのか。
- - - - -
20100221 初出
20100601 再録
20110322 一部修正
ちなみに一方通行と打ち止めはコンビニに行ってきて、大体言い争いが始まった辺りに帰ってきました。